導入事例
感染症診療における細菌検査の果たす役割
東海大学医学部付属病院様
薬剤耐性菌対策は、国内外問わず大きな脅威とされており喫緊の課題です。こうした状況の中、細菌検査が果たす薬剤耐性菌対策について、東海大学医学部付属病院 医師 浅井さとみ先生、薬剤師 橋本昌宜先生、臨床検査技師 宮澤美紀先生にお話を伺いました。
自施設だけでなく地域医療機関の抗菌薬適正使用にも貢献
―― 東海大学医学部付属病院様における細菌検査および薬剤感受性検査は、薬剤耐性菌の感染制御やASP(Antimicrobial Stewardship Program)にどのように貢献できるとお考えでしょうか。取り組みも含めて教えてください。
宮澤先生(臨床検査技師):
東海大学医学部付属病院は、神奈川県の湘南から県西地区における基幹病院として高度医療を提供するとともに、感染対策向上加算1の病院として地域の感染対策においても指導的な立場を担っています。地域連携している医療施設と年4回、合同カンファレンスを行っています。その際、耐性菌の検査状況等を報告し合う中で、当院のアンチバイオグラムが地域のアンチバイオグラムを反映しているということで、そちらを提供することで地域の耐性菌情報や抗菌薬の適正使用に役立てられているかと思います。
―― 地域のリーダー的な立場として、周辺の中小医療機関からどういった相談事項がございますか。
浅井先生(医師):
相談事に関しては、感染対策、アンチバイオグラム、抗菌薬適正使用等があります。
当院の状況として、抗菌薬適正使用支援チーム(以下、AST)においては薬剤師が中心となり、医師、看護師、検査技師で抗菌薬使用患者の早期モニタリング、発熱患者モニタリング、ASTラウンド等を行っています。
また、ASTにとっては薬剤感受性検査が必要不可欠です。この武器がないと私たちは戦えないと言っても過言ではありません。
ASTは薬剤師がリーダー
―― 薬剤師の立場も、医師や臨床検査技師とまた違う立場だと思います。抗菌薬使用に関して、ご苦労された点等ございますか。
橋本先生(薬剤師):
地域の抗菌薬使用の話については、地域連携合同カンファレンスで資料を作成の上、共有しています。J-SIPHE(感染対策連携共通プラットフォーム)という登録制の共通システムを活用していく中で、感染対策向上加算2や3を取得している施設の手指衛生剤や抗菌薬の使用状況等の立ち位置が見えてくるようになりました。
浅井先生(医師):
この活動(薬剤師の指導)で驚くほど処方が適正化された施設もあります。中小の医療機関が正しい方向に行くための1つのエビデンスを作るお手伝いができていると感じます。
橋本先生(薬剤師):
国の施策である、”耐性菌を減らす” というところで外来処方や中小の医療機関等の処方を改善しないと、大学病院だけが取り組んでいても意味がありません。しかし、中小の医療機関には専門家が不在という場合もあり、合同連携の枠組みで我々が地域でしっかりデータを分析して提案することが、地域全体の感染対策、耐性菌対策に繋がると実感しているところです。
AST活動による奏功事例
―― 院内でのAST活動(薬剤感受性検査、抗菌薬適正使用支援)における奏功事例、運用事例等についてお聞かせください。
浅井先生(医師):
抗菌薬適正使用の目的には、「感染症の早期治癒」、「薬剤耐性菌の制御」があります。この目的を達成するためには、細菌検査が必要不可欠です。適切な細菌検査が実施されていれば、ASTが標的治療(de-escalation等の抗菌薬変更)への移行を提案し、感染症の早期治癒の達成、耐性菌発現リスクの抑制に繋がります。ASTでは、グラム染色、同定、薬剤感受性検査結果を中心に他の情報も加味し総合的に判断して、最適な抗菌薬治療を提案することに努めています。
逆に言えば、適切な細菌検査なしに、抗菌薬適正使用は有り得ません。
宮澤先生(臨床検査技師):
当院では、最小発育阻止濃度(MIC)も結果として提示しているため、抗菌薬治療による誘導耐性も考慮し、その結果に応じた適切な提案を心掛けています。薬剤感受性検査結果が出るまでは、起炎菌を想定し、アンチバイオグラムを活用しています。当院では、6か月に1回アンチバイオグラムを作成し、誰でも電子カルテ端末で閲覧できるように整備しています。
また、院内感染対策室と微生物検査室は同じフロアにあり場所も近いため、耐性菌等のパニック値報告や結果の確認などすぐに連携のとれる体制が整っています。
浅井先生(医師):
情報共有の方法はご施設によっていろいろ工夫されていると思います。当院ではパニック値である耐性菌の報告体制は24時間体制です。多剤耐性菌など予め定められている病原微生物が検出された場合、連絡方法の詳細なプロトコルが決まっています。担当医への報告と同時に、精度管理医と感染対策室長を兼ねる私にも報告がきます。また、微生物検査室の責任者が院内感染対策室にも席を置いており、2つの方向から情報が漏れなく共有できるようにしています。
橋本先生(薬剤師):
薬剤師から見た院内感染対策室と微生物検査室の距離が近いところのメリットとしては、例えばAST活動において患者さんの抗菌薬治療の反応が芳しくないとき、細菌検査の結果がまだ出ていなくても、何らかの抗菌薬に替える方が良いのではと考えます。そのような時に、直ちに微生物検査室から「緑膿菌疑いで現在確認中」などの先行する情報を得ることができれば、アンチバイオグラムを確認し、de-escalationできそう等、患者さんの状況にもよりますが、なるべく早く適正使用できるという点は大きいと思います。
浅井先生(医師):
当院も含め、どの医療機関でも耐性菌に悩んでいらっしゃると思います。重症の患者さんが多いご施設では、どちらかというとde-escalationに向け薬剤感受性試験の結果を待つことが多いのではないでしょうか。最初は広域スペクトラムのカルバペネム等、緑膿菌にも効果があるような抗菌薬、あるいはMRSAを想定して抗MRSA薬を投与しておき、2~3日後に薬剤感受性試験の結果が出れば、それに応じてde-escalationしていくということになります。もちろん、薬剤感受性試験の結果によっては、狭域スペクトラムからescalationを提案することもあります。
―― 東海大学付属病院様における抗菌薬の使用状況、選択基準、マニュアル等についてお聞かせください。
橋本先生(薬剤師):
以前はカルバペネム系薬の使用量は非常に多い状況でしたが、地道なAST活動により減少傾向にあり、カルバペネムスペアリングの概念が浸透しつつあると考えています。一方、タゾバクタム/ピペラシリン(以下、TAZ/PIPC)の使用量が増加傾向にあります。ASTではTAZ/PIPCが多く使用されている診療科をターゲットとし、早期からの介入・フィードバックを実施することで、TAZ/PIPC使用の適正化が進んできています。薬剤感受性試験の結果が介入を後押ししてくれています。
浅井先生(医師):
抗菌薬適正使用のために職員全体・診療科別にアナウンスをして、その視点でカルテに書いたり、確認したりという活動をしています。TAZ/PIPCを1週間使用している場合、カルテを確認し、必要に応じてコメントを書きます。
橋本先生(薬剤師):
カルテにコメントが入ることにより、徐々に医師の行動変容が見られました。実際に医師25名へのアンケート調査では抗菌薬適正使用の浸透が確認され、1人あたりのTAZ/PIPC使用日数を大幅に短縮することができました。ASTでは診療科別の抗菌薬使用状況に応じてアプローチ方法を変更しながら、医師への適正使用支援を進める戦略を実行しています。
当院は、高度救命救急センターを有する三次医療機関であることから、多種多様の合併症を有し、かつ重篤な患者さんが多い特徴があります。例えば敗血症性ショックの治療では、早期から複数の抗菌薬での経験的治療がなされていますが、感染臓器、起炎菌が特定できていない場合があります。この場合もASTが必要な検査等の提案を通して、早期の標的治療への移行を支援しています。
血液培養ボトル 2セット採取の重要性
―― 先ほど敗血症性ショックの治療についてのお話が出ましたが、血液培養ボトルの2セット採取の重要性についてお聞かせください。
宮澤先生(臨床検査技師):
現在はどの診療科でも2セット採取することが浸透してきました。
浅井先生(医師):
2セット採取率は何とか全体で95~100%になっています。
2セットを異なる部位で採取できない場合には、同じ場所でも時間を置き、再度消毒することで2セット採取可としています。消毒方法をしっかりと決め、動画マニュアルで誰でも閲覧できるようにしています。また、各部署での血液培養汚染率を公表して、介入の指標にしています。当院の汚染率は年間平均1.0%前後です。蘇生室での緊急搬送患者の採取は、鼠径部から実施することが多く汚染率が高くなる傾向にあります。
橋本先生(薬剤師):
血培の2セット採取は本当に重要です。1セット採取であったがために解釈に迷い治療対象となってしまうことや、無駄な抗菌薬で腎障害が起きてしまう等、やはり抗菌薬適正使用という観点から複数セット採取でないといろいろ不都合です。
浅井先生(医師):
医学部の3年生の試験にも「血液培養を採るときの注意点を述べよ」という問題を出題しています。
ライサスシリーズの特長や導入のメリット
―― 抗菌薬感受性検査を実施するにあたり、ライサス導入に至った過程がありましたら、お聞かせください。
宮澤先生(臨床検査技師):
ICT、AST活動のおかげで、抗菌薬開始前や変更前に細菌検査が実施されることが多くなり、検体数も以前に比べ増加傾向にあります。多くの検体を迅速かつ的確に処理する必要があるため、同定検査には質量分析、薬剤感受性検査については大型で菌液調整が簡便な薬剤感受性分析装置を主要機器として使用しています。こちらは主にブドウ球菌や腸内細菌目細菌等の発育の良い菌の測定に使用しています。
一方で栄養要求性の厳しい菌種等は、純培養やサプリメントの添加などが必要であり迅速に処理していく大型機器での運用は難しいところがあります。大型機器で測定する運用と、栄養要求性の厳しい菌種を測定する運用(ライサス)とを分けることで検査の効率が上がるため、現在2台の機器を導入して使い分けています。
特にライサスは大型機器では測定できない、Streptococcus属、Haemophilus属、Corynebacterium属、Moraxella属、酵母様真菌が測定できます。特に酵母様真菌は敗血症等でも重症な経路をたどり、薬剤感受性まで調べることが重要なため大きな強みです。
―― ライサスを導入したことでどのような効果がありましたか?
宮澤先生(臨床検査技師):
ライサスを導入する前はプレートを目視判定していたため技師間で目合わせが必要でしたが、現在はライサスによる機器での読み取りのため技師間での読み取りのばらつきがなくなりました。また自動判定なので手間が省け、効率も上がっていると思います。
浅井先生(医師):
結局、結果が出たときにそれが本当に確かかどうか、しっかりとした精度保証がなされているかが重要です。
宮澤先生(臨床検査技師):
機器で自動判定もされますが、運用上はプレートをライサスから取り出して発育している部分を技師の目でも確認することができます。さらに、患者データの精度管理、耐性度のチェック等も機器と技師の両方でチェックできるところもいいと思います。
浅井先生(医師):
結果はただ出せばいいわけではありません。確かな検査、精度保証、品質コントロールされた良質なデータが必要です。
ライサスシリーズ導入による奏功事例
―― 実際にライサスの導き出した結果が役立ったような事例がありましたら教えてください。
宮澤先生(臨床検査技師):
Corynebacterium属のダプトマイシン(以下、DAP)の薬剤感受性でしょうか。
橋本先生(薬剤師):
それが非常に大きいです。
宮澤先生(臨床検査技師):
新規プレートにDAPが追加されました。一部のCorynebacterium属にDAP耐性となる株がいるため、AST等でDAPを提案する際は薬剤感受性結果を確認する必要があります。以前はDAPがプレートになく追加検査を実施していたので、時間とコストがかかっていました。新規プレートを採用したことで、DAPの感受性結果を迅速に報告することができるようになり、適切な抗菌薬選択に貢献できていると感じています。
橋本先生(薬剤師):
実際にCorynebacterium属のDAP耐性が結構あります。
浅井先生(医師):
血液培養ボトル 2セットのうち1セットだけでCorynebacterium属陽性の場合、一般的にはコンタミネーションが疑われます。
ですが、当院では患者特性(免疫不全や化学療法で易感染状態の患者さんが多い)を考慮し、1セットだけ陽性の場合でも他に原因が不明の場合はそれに当てた治療をすることがあります。それで症状が改善する症例を、何度も経験しています。
宮澤先生(臨床検査技師):
Corynebacterium 属は汚染菌というようなイメージですが、最近は治療対象としなければならない場合があるため、感受性が測れるのは強いと考えられます。
―― ファスティディアス菌等発育の遅いあるいは弱い菌も出ることもあるかと思いますが、何か検査で工夫されたことがございましたら教えてください。
宮澤先生(臨床検査技師):
菌名からでもある程度は感受性のある抗菌薬を推定できる場合もあるため、まずは菌名を確実に出すことを心掛けています。薬剤感受性検査はライサスをメインにして検査を実施しています。十分な菌量が必要なため、培地や培養条件を変えたり、ブイヨンやサプリメントを使用したり、工夫をして培養しています。発育の弱い菌株の薬剤感受性検査は苦労することが多いです。できる限り結果が得られるよう、CO2培養や長時間培養等も試し、CLSIの検査条件からは外れるため参考値という形で結果を報告しています。
感染症診療における課題や今後の展望
―― 細菌検査、薬剤感受性検査、薬剤耐性菌の感染制御、ASPの方向性について将来展望はありますか。
橋本先生(薬剤師):
ASPのこれまでの課題は、病院内の抗菌薬適正使用を最適化することが使命だと思って活動してきました。大学病院等の地域の中核を担う病院のASPの使命は、自施設だけでなく、近隣の中小の医療機関等も含めて地域の抗菌薬適正使用のレベルを上げることだと考えています。これを実施しないと、日本全体の耐性菌問題を解決できないと思いますので、どのようにしたら、医師の処方行動を変容させることができるのかということに主眼を置きながら、多角的に対策を積み上げていくことが重要です。
その対策をどのようにアプローチすることで効率的・効果的に施せるか、をASTメンバーで情報共有・相談しながら、アクティブな活動を続けていくことが最大の近道と考えています。
浅井先生(医師):
そのためには細菌検査、薬剤感受性の結果が重要です。ASTの活動には薬剤感受性の結果が不可欠なため、そこが効果的・効率的、できれば迅速にというところが望まれます。
そこをどのように発展形にしていけるのかということに、いろいろな意見があると思いますが、まずは全自動化が大事だろうと思います。検査技師は原理や途中過程も理解した上で、釣菌等も含め面倒なく機械化できると良いです。現在は、菌の顔つき(コロニー形態)が違うからどうしようかなと、担当技師本人の裁量に任せてしまっている部分があります。そのため釣菌時の段階でバラつきが出ている可能性があります。
宮澤先生(臨床検査技師):
検査室内で一貫した結果報告ができるようトレーニングに努めています。
浅井先生(医師):
細菌検査は特に、いつ、誰がやってもきちんと良質なデータが出る、そういう精度面まで御社の力添えをいただければいいなと、強く希望しています。
宮澤先生(臨床検査技師):
医師にも薬剤師にも“検査がないと抗菌薬適正使用は進まない”と言っていただけるので、我々が頑張らなければと思っています。耐性菌が増えてきたり、検査件数が増えてきたりすると、技師1人の仕事量や知識等に負荷がかかっているのも事実です。浅井医師に同感で、機械で可能な部分は自動化しつつ、私たち技師がやらなければならない結果やパニック値チェック、AST、チーム医療、地域施設の指導等、そういうところに力を注げるような仕組みやシステムができると、より大学病院の技師としての役割が果たせるのではないかと思います。
質量分析や遺伝子検査などのおかげで、細菌検査もある程度 迅速化が進んでいます。ですが、薬剤感受性の結果は非常に重要です。まずは正しい結果を、そして迅速に測定できる方法を提供していただけるような研究開発をお願いしたいと思います。
お客様プロフィール
東海大学医学部付属病院
所在地 | 神奈川県伊勢原市下糟屋143 |
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設立 | 1974年 |
病床数 | 804床 |
診療科目 | 内科、臨床検査科、放射線治療科、産婦人科、歯科口腔外科、乳腺外科、リウマチ内科、循環器内科、 リハビリテーション科、小児科、血液腫瘍内科、眼科、形成外科、呼吸器内科、消化器内科、脳神経内科、 腎内分泌代謝内科、東洋医学科、心臓血管外科、移植外科、消化器外科、呼吸器外科、脳神経外科、 小児外科、整形外科、腎臓泌尿器科、麻酔科、救命救急科、精神科、皮膚科、耳鼻咽喉科・頭頸部外科、 画像診断科、病理診断科、遺伝子診療科、細胞移植再生医療科、緩和ケア内科 |
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