導入事例
都内大学病院におけるβ-D-グルカン検査の果たす役割
順天堂大学医学部附属順天堂医院様
日和見感染症のひとつである深在性真菌症は近年の高齢化や高度医療の普及に伴い、癌や骨髄・臓器移植に伴う処置、HIV感染者などの感染防御能の低下した患者さんを中心に増加傾向にあります。
このたび、本感染症診療におけるβ-D-グルカン検査の果たす役割について、都内大学病院として順天堂大学医学部附属順天堂医院の総合診療科 福井 由希子先生、薬剤部 笹野 央先生、臨床検査部 長南 正佳先生へお話を伺いました。本ページではお話の中からトピックスをご紹介します。インタビュー全文は記事最後からPDFにてダウンロードすることができます。
院内での深在性真菌症の診療体制、検査体制
福井先生(総合診療科):
深在性真菌症の中ではカンジダの菌血症が多く、疑われた場合には各診療科で血液培養、真菌性眼内炎の除外をしていただいています。また、発熱患者さんのうち、深在性真菌症が疑われる場合は、血液培養と眼科診察の他、補助的診断としてβ-D-グルカン検査を推奨しています。
長南先生(臨床検査部):
β-D-グルカン検査の1日の検体数は40~50件で、血液検査室で1日3回(午前1回、午後2回)検査を行っています。
深在性真菌症の院内検査指標
福井先生(総合診療科):
具体的な基準や目安は設けておらず、各診療科の裁量に委ねられている部分が大きいです。免疫不全の患者さんの多い診療科、また化学療法中の方では、比較的頻繁にβ-D-グルカン測定が行われています。
また、入院中の発熱で総合診療科にコンサルテーションがあった患者さんのうち真菌感染症が疑われた場合は、培養検査以外にβ-D-グルカン測定を推奨することがあります。
長南先生(臨床検査部):
β-D-グルカンの検体は、当院の場合、膠原病内科の患者さんの検体が6〜7割を占めています。やはりステロイド使用の患者さんに対しては頻回に測定されている印象です。
診療場面でのβ‐D-グルカン検査運用事例、メリット
福井先生(総合診療科):
深在性真菌症が疑われた際に、血液培養、眼科診察と同時に補助診断としてβ-D-グルカン検査を行います。血液培養の場合、陽性化までに数日間を要するのに対し、β-D-グルカンは先行して結果が得られるメリットがあります。
1、2日の治療開始の遅れが合併症やその後の病態に大きく影響することもあるため、補助診断としてのβ-D-グルカンは、早期に治療介入できるメリットがあるのではないかと思います。
笹野先生(薬剤部):
抗菌薬の適正使用の観点から、広域抗菌薬をどのような形で使用されているのかをピックアップをして院内のラウンドを行っています。長期に渡って広域抗菌薬を使用されている患者さんの場合、真菌感染症のリスクが上がってきます。血流感染を否定するための血液培養も重要ですが、治療スタートまでに時間を要するため、β-D-グルカンを補助の指標とすることで、診療科としても早期に抗真菌薬治療を開始できることがあります。
長南先生(臨床検査部):
医師より、血液培養を提出した患者さんのβ-D-グルカンが500 pg/mL以上であるとの情報が入りました。通常の培養期間では菌の発育は認められず、その後培養を延長しサブカルチャーしたところ、アスペルギルスが発育した事例を経験しました。これは、β-D-グルカンの測定結果が、微生物検査室での解釈に有効であった例であると思います。
院内検査移行による抗真菌薬適正使用支援、
あるいは抗真菌薬早期投与による治療の短縮化、コスト削減
福井先生(総合診療科):
各診療科の方から、β-D-グルカン値が高い患者さんに対し、経験的な抗真菌薬治療を開始すべきかのコンサルテーションを受けることがあります。その場合、培養検査を提出していただいた上で、臨床症状に応じて経験的な抗真菌薬治療を実施します。特にカンジダ菌血症の場合、カテーテル関連血流感染症の頻度が高く、中心静脈カテーテル(CVC)が留置されているような患者さんであれば、必要に応じてCVCを抜去、カテーテル先端培養検査も併せて実施します。
ある症例では、血液培養でCandida albicansが発育しましたが、陽性となるまでの2日間の前段階で抗真菌薬の治療が開始できました。院内検査になったことで、その日の内にβ-D-グルカンの結果を得ることができ、迅速な治療につなげられるということが、大きなメリットではないかと考えています。
笹野先生(薬剤部):
早期に抗真菌薬治療が開始できる点は大きなメリットではないかと思います。
カンジダ血流感染症のバンドルの中の一つの項目として、経口抗真菌薬へのスイッチがあります。早期に治療を開始し、早期に培養検査を行い、菌種が同定されれば、薬剤感受性結果に合わせて、抗真菌薬の変更を推奨し、最終的に点滴薬から経口薬へ切り替えが実現できれば、退院まで期間短縮化にもつながっていくのではと考えられます。
抗真菌薬の選定
福井先生(総合診療科):
抗真菌薬も、抗菌薬と同様にDe-escalationができるのではと考えています。薬剤選定においては、カンジダによる菌血症の場合、真菌性の眼内炎を併発しているか否かによって、眼内移行性のよい抗真菌薬に変更する必要性を判断します。当院の場合は、比較的副作用の少ないミカファンギンで経験的な抗真菌薬治療を開始することが多いですが、眼内炎を併発している場合には、眼内移行性のよいアンホテリシンBやフルコナゾールに変更する必要があります。実際に薬剤感受性の結果が得られ、感受性に問題なければ、積極的にフルコナゾールへのDe-escalationを推奨しています。
笹野先生(薬剤部):
院内の『感染症診療マニュアル』を各科の感染症を専門に診ていらっしゃる先生方と微生物検査室の皆さんと改訂をしながら毎年整備しています。その中で、「深在性真菌症治療マニュアル」という項目もあり、各種培養検査をした上で、ミカファンギン治療を開始するというようなマニュアルになっています。基本的にどの診療科でも、共通の初動になるような作り込みになっています。
長南先生(臨床検査部):
当院の血液培養の検体数は約1000件/月であり、陽性率は約12%です。真菌に限定した陽性率は約0.5%です。血液培養陽性報告は24時間体制で行っており、血液培養陽性のGram染色による推定菌はリアルタイムに先生方に報告しています。Gram染色でカンジダが推定された場合は「深在性真菌症治療マニュアル」をつけあわせることで、より早期に抗真菌薬の開始ができていると思います。
深在性真菌症以外の診療におけるβ-D-グルカン検査
福井先生(総合診療科):
β-D-グルカンを頻回に検査されている診療科では、ベースに免疫不全があり、ステロイドや免疫抑制剤、抗がん剤を使用されている患者さんがほとんどかと思います。このような患者さんの場合、真菌による日和見感染を起こしやすいリスクがあり、外来や入院などで定期的にβ-D-グルカンを検査していることが推測されます。
また、当診療科ではHIVの患者さんの診療も行っています。初診で来られた患者さんで、CD4リンパ球数が低い(200以下)場合は、ニューモシスチス肺炎(PCP)合併(エイズの指標疾患で最も頻度が高い)のリスクが高くなります。このため、X線・CT以外にβ-D-グルカン検査を行います。PCPの確定診断は難しい部分があり、喀痰のグロコット染色で確定できない症例も多いため、臨床症状、画像所見、β-D-グルカンの測定結果を併せて、総合的に診断をしています。
笹野先生(薬剤部):
間質性肺炎や神経疾患に対してステロイド投与が行われていますので、真菌感染症のリスクがないかを確認する目的でβ-D-グルカンの検査が行われます。さらには臓器移植(腎臓、骨髄など)の患者さんに対しても、定期的なモニターとしてβ-D-グルカンの検査が行われます。
今後の深在性真菌症診療の方向性
福井先生(総合診療科):
免疫不全が深在性真菌症の患者背景にあります。ステロイド、免疫抑制剤、抗がん剤の他、近年では、生物学的製剤が様々な疾患に適応になっており、高齢患者さんの増加とも併せて、日和見感染症が増加することを懸念しています。将来的に、深在性真菌症を含めた日和見感染症を鑑別に挙げる頻度が増えるのではないかと考えています。
笹野先生(薬剤部):
ここ最近になって、どの菌にどの抗菌薬を使用すればいいのかという疑問が若手薬剤師の中から挙がるようになってきており、ディスカッションの対象にもなっています。一方で、まだ真菌や抗真菌薬についてディスカッションについては十分にできておらず、学校でも詳しく勉強する機会が少ない領域なのかもしれません。今後、抗真菌薬の使い分けや、補助診断の目的など、もっと広く薬剤師にも知ってもらえると良いと思いますし、真菌感染症診療に関連づけた薬剤師の教育を普及できればと考えています。
長南先生(臨床検査部):
深在性真菌症診療の中で、日々真菌の検査を行っています。酵母様真菌については、質量分析計で高い精度で同定できるようになっていますが、糸状菌についてはいまだ同定精度が低く、顕微鏡による形態学的検査に頼らざるを得ません。また、無菌検体以外の喀痰培養などから発育してきた糸状菌は、起炎菌か汚染菌かを判別する必要がありますが、この時に参考になるのがβ-D-グルカンの値になります。
いずれにしても、質量分析計に頼った検査にならないように、糸状菌の形態学的検査法を習得し、検査技術を磨いていくことが今後求められると考えています。
お客様プロフィール
順天堂大学医学部附属順天堂医院
所在地 | 東京都文京区本郷3丁目1番3号 |
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設立 | 1838年(天保9年) |
病床数 | 1,051床(一般病床1,036床、精神病床15床) |
診療科目 | 総合診療科 循環器内科 消化器内科 呼吸器内科 腎・高血圧内科 膠原病・リウマチ内科 血液内科 糖尿病・内分泌内科 腫瘍内科 脳神経内科 メンタルクリニック 小児科・思春期科 食道・胃外科 大腸・肛門外科 肝・胆・膵外科 乳腺科 心臓血管外科 呼吸器外科 小児外科・小児泌尿生殖器外科 脳神経外科 整形外科・スポーツ診療科 形成外科 皮膚科 泌尿器科 眼科 耳鼻咽喉・頭頸科 放射線科 産科・婦人科 麻酔科・ペインクリニック リハビリテーション科 救急科 歯科口腔外科 |
URL | https://www.juntendo.ac.jp/hospital/ |